国会でも取り上げられた外国人技能実習生の失踪問題は、法務省の調査によって、日本の受入各機関の不法行為が関係していることが明るみに出ました。国はこれを機に、制度の本来趣旨の徹底と外国人技能実習生の保護を図ることを目的として法改正を行うとともに、送出国政府との間で二国間取決めを交わすなど改善へ向けた取組が進められています。
そこで今回の記事では、技能実習生が失踪に至る問題点を明らかにし、その予防ポイントについて解説するので、興味のある方はご参考ください。
INDEX
外国人技能実習生失踪の実態
2018年末「在留資格別在留外国人数の推移(法務省)」によれば、技能実習生の総数は328,360人に上り過去最高を記録しています。過去5年間の推移をたどると、2014年が167,626人、2015年が192,655人、2016年が228,588人、2017年で274,233人と毎年大幅に増加しており、特に2016年以降は毎年120%の伸び率で推移しています。
技能実習生受入状況と失踪の実態
この受入人数の増加とともに、失踪者数も増加しており、2014年以降の失踪者数と技能実習生全体に対する失踪者の割合は次の通りとなっています。
(表1-1)技能実習生失踪者数の推移(人)
2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | |
---|---|---|---|---|---|
失踪者数(a) | 4,847 | 5,803 | 5,058 | 7,089 | 9,052 |
前年末在留技能実習生の人数 (b) | 155,206 | 167,626 | 192,655 | 228,588 | 274,233 |
(a)の(b)に対する割合 | 3.12% | 3.46% | 2.62% | 3.10% | 3.30% |
法務省:技能実習制度の運用に関する調査・検討結果報告書2018年3月28日)より
また、失踪事案については、法務省は実習実施機関に対して調査を実施しており、直近の調査結果(2017年1月~2018年9月)の概要は以下のようになっています。
(表1-2)失踪事案に関する調査結果の概要
項目 | 内容 | ||||||||||||||||||
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調査対象 | 2017年1月~2018年9月に不法残留等によって入国警備官の聴取を受けて聴取票が作成された失踪技能実習生5,218人にかかる実習実施機関4,280機関について調査を実施したもの。 | ||||||||||||||||||
調査実施状況 | (1)実地調査 1,555機関(失踪技能実習生2,025人分) (2)電話・書面調査 2,177機関(同2,473人分) (3)協力拒否 113機関(同155人分) (4)倒産、所在不明等 270機関(同320人分) (5)失踪後に別途調査済み 165機関(同245人分) |
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調査結果 | (1)及び(2)の結果、721人(631機関) 延べ人数では893人分の不正行為等の疑いが認められました。 (5)では、38人(31機関) 延べ人数で44人分はすでに不正行為措置済みでした。 以上、計759人(662機関) 延べ人数937人分にかかる不正行為の内訳は次の通りです。 【失踪要因となっている実習実施機関の不正行為】
なお、書類不備で軽微なものは2,060人でした。 |
このほか、法務省は失踪者当人に対する聴取を実施してその結果を公表していますが、この内、技能実習生の失踪の動機については次のように報告されています。
(表1-3)技能実習生の失踪動機(法務省が失踪研修生に行った聴取票の集計・複数回答)
順 | 動機 | 回答割合 |
---|---|---|
1 | 低賃金 | 67.2% |
2 | 実習後も稼働したい | 17.8% |
3 | 指導が厳しい | 12.6% |
4 | 労働時間が長い | 7.1% |
5 | 暴力を受けた | 4.9% |
このように、失踪者が自ら語る失踪動機は賃金や労働環境に集中しており、これらは全て実習実施機関に対する不満です。この結果は、様々な調査やメディアの取材等から実態を表していると考えられますが、実習実施機関のみならず、送出国の送出機関や日本の監理団体、そして、技能実習生当人の都合等も絡んで、失踪事案そのものは複合的な要素で引き起こされると考えられます。
複雑に絡み合う失踪要因
これまでの技能実習生失踪の背景には、前述したような実習実施機関の低賃金を含めた過酷な労働環境があることは間違いありません。しかし、賃金を始めとした労働条件や労働環境の問題は、新制度となってからは受入企業が適法に対処しなければ、技能実習生を受け入れることができない仕組みになったことに注目しなければなりません。
新制度の下では、技能実習生の受入れを希望する企業は、社員と同等の待遇を確保し、適法な扱いをすることが前提となりますので改善は進むと考えられます。問題となるのは、このほかの要因です。まず、技能実習生の母国の送出し機関に問題が見えます。技能実習生として母国から送り出されるまでの流れを見ると、病巣が浮かび上がってきます。
制度の仕組み上、技能実習生の受入れを希望する日本の企業は、事業組合等の監理団体に連絡することから手続きを始めることになります。技能実習制度の対象となる職種は法律で定められているため、受入希望企業から連絡を受けた監理団体は、その企業の職種の適法性を確認します。
職種に問題がなければ、受入企業の代表者と監理団体の担当者が現地の送出し機関に赴き、候補者の面接を行うのが一般的です。送出し機関に登録された「技能実習生候補者」を面接し、面接等の合格者が受入企業との間で技能実習生として雇用契約を締結するという流れです。
雇用契約締結後、当該の技能実習生は日本に入国する前に、現地の日本語教育機関において日本語や日本の文化などについて学びます。この学習期間は、送出国によって異なり、中国など漢字圏の場合は3~4カ月、英語を公用語とするベトナムなど非漢字圏の場合は、漢字の学習も必要なため6カ月程度が必要となります。
この間、受入企業が中心となって入管手続きを進め、実習生は母国でいくつかの手続きを終え、在留資格を得てビザを取得し、日本に入国することになります。入国後1か月間程度は日本の教育機関で再度日本語の勉強をしながら、日本で暮らすための知識を身につけるなど実習のための準備期間を過ごすことになります。
この一連の流れの中に、この制度の抱える特有の問題が潜んでいるのです。技能実習生は面接に合格した段階で、母国の送出し機関に手数料を支払わなければなりません。ベトナムを例にとると、国がこの手数料の上限を3年契約で3,600USドル(約40万円)以下と定めています。しかし、技能実習生はこれを大幅に上回る金額(4,500~7,000USドル)を負担しているというのが実態です。
このあたりの事情は他の国でも似たり寄ったりですが、これに加えて、違法とされる「保証金」が求められるケースがあります。保証金は、日本でのトラブルや失踪防止を目的としていると言われ、実習機関の3年間を無事に終了して帰国すれば全額返済されるものの、トラブルを起こしたり、失踪・脱走ということになれば没収されるものです。
技能実習法施行後は取り締まりが強化されていますので、保証金徴求は次第に減少していくと思われますが、このような悪習は、知らぬ間に制度の仕組みの中に組み込まれていくものですので、早期の廃絶は困難であると考えられます。この他にも、送出し機関は実習生に施す教育について、全寮制の施設で実施するケースが多く、このための授業料や生活費なども実習生の負担としてのしかかります。
また、面接に至る過程でブローカーが介入する場合もあり、その謝礼等を含めれば、実習生が負担する費用は、全て合わせると80万円程度~150万円超の金額が必要になると言われています。そして、この資金の出どころは、実習生当人が銀行や友人から借りるか、実習生の親族が家を担保に借金するなどして賄うことになるのです。
このように、技能実習生は日本に入国するまでにかなりの金銭負担を強いられ、しかもそのほぼ全額が借金となるため、技能実習の場は本来の制度主旨から外れ、「借金返済のためのカネを稼ぐ」場となります。そして、制度上は実習先を変えることができないため、より多く稼げる職場を探して「失踪・脱走」⇒「不法就労者」という道に迷い込むのです。
また、技能実習生を送り出す国の多くは、「労働力の輸出による外貨獲得」を国の政策として推進している場合が多いため、技能実習生もまた、技能実習を「出稼ぎ」の機会と捉えているようです。このことを裏付ける興味深い調査結果が報告されていますので紹介しておきます。
技能実習実施機関の業務代行サービスを展開するUTグローバル株式会社が、自社が管理サービスを提供している外国人技能実習生に対して実態調査を実施し、その結果を公表しています(2019年5月16日)。この中で、来日の動機について、「高い収入が得られる」が65%と最も多く、制度趣旨である「高い技術を学べる」が43%(3位)という結果が出ており、収入に対する期待度が高いことがわかります。
前述したとおり、来日に至る資金調達の実態を考えれば、技能実習生にとって日本での収入額の多寡は死活問題です。このため、最大の関心事は「稼ぐ」ことにあり、基本給与が想定より低ければ自ずと残業による稼ぎを目指すことになります。他の実習機関にいる同胞実習生との情報交換が頻繁に行われるようになり、自分の待遇に納得がいかなければ、失踪⇒他の企業で不法就労という引き金になります。
これまでの実習生にとって最も深刻だったのは、受入実習機関による賃金絡みの不法行為と不適切対応が多かったことです。新制度に移行してからは、「日本人と同等額以上の報酬を得ること」という要件を満たしていることが必要不可欠であり、これを証明する書面を提出しないと在留資格が得られないことから、待遇面の改善は進むと考えられます。
技能実習制度の見直しと新制度の実効性
失踪問題以外にも、実習中並びに実習以外での事故死や病死などの死亡事案も起きており、技能実習制度については、以前からいくつもの問題点が指摘されていました。技能実習制度は、制度創設以来「出入国管理・難民認定法」等によって規制されていましたが、これらの問題点等の改善と本来の制度趣旨の徹底、ならびに、実習生の保護措置を講じることを目的に、2017年11月に「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(通称:技能実習法)が施行され、新しい制度としてスタートを切っています。
この法律の施行による制度の変化については、以下に整理した「旧制度の問題点との比較」、「新制度の運用状況」、「旧制度・新制度下における失踪状況」等で確認することができます。
(表2-1)旧制度の問題点との比較
旧制度の問題点 (根拠法令:入管難民法) |
制度見直し後(根拠法令:技能実習法) |
---|---|
1)送出国と受入国間の取り決めのない保証金を徴収している等不適正な送出機関が存在した。 | ・不適正な機関の排除を目指し、実習生の送出を希望する国との間で政府間取決めを順次作成することとした。 |
2)監理団体や実習実施者の義務・責任が不明確であり、実習体制自体が不明確で実効性がなかった。 | ・監理団体は「許可制」とし、許可の基準や欠格事由のほか、遵守事項、報告の徴収、改善命令、許可の取消し等について規定。 ・実習実施者は「届出制」とした。 ・技能実習生ごとに作成する「技能実習計画」は個々に「認定制」とし、技能実習生の技能等の修得にかかる評価を行うなど、認定の基準や欠格事由のほか、報告徴収、改善命令、認定の取消し等を規定。 |
3)民間の機関である(公財)国際研修協力機構が法的権限のないまま巡回指導を行っていた。 | ・新たに「外国人技能実習機構(認可法人)」を創設し、当機構が監理団体等から報告徴収、実地検査を行う等の業務を行わせることとした。 |
4)総じて実習生の保護体制が不十分であった。 | ・「通報・申告窓口」を整備するとともに、「人権侵害行為等」に対する罰則等を整備し、「実習先変更支援」を充実する内容とした。 |
5)事業所管省庁等の指導監督や連携体制が不十分であった。 | ・事業所管省庁、都道府県等に対し、各種業法等に基づく協力要請を実施し、これら関係行政機関で構成する「地域協議会」を設置して指導監督・連携体制を構築した。 |
-以下、法務省プロイジェクトチームのレビュー- 〔新制度の運用状況〕 (1)二国間取決め締結国は、2019年末で15か国となり、不適正な送出機関の排除等に一定の道筋。 〔新制度を含め、失踪・死亡事案等に対する対応体制における課題〕 (1)失踪事案の届出受理後の証拠収集等の初動対応が必ずしも十分ではない。 |
(注1)事業協議会
技能実習法第54条では、事業所管大臣は、当該事業所管大臣及びその所管する特定の業種に属する事業にかかる実習実施者または監理団体を構成員とする団体その他の関係者により構成される協議会(以下「事業協議会」という。)を組織することができることとされており、自動車整備事業や農業技能実習事業等で協議会が設置されています。
(表2-2)新・旧制度下での失踪状況(新規入国者当年中の失踪状況の比較)
新旧区分 | 入国者(人) | 入国当年の失踪者(人) | 失踪率 |
---|---|---|---|
2017年(旧制度) | 127,657 | 1,163 | 0.91% |
2018年(新制度) | 130,699 | 658 | 0.50% |
(表2-3)新規入国後約1年経過時点の失踪状況
新旧区分 | 2018年2~3月の入国者(人) | 2019年2月末時点失踪者(人) | 失踪率 |
---|---|---|---|
総数 | 10,626 | 243 | 2.28% |
旧制度 | 4,758 | 158 | 3.32% |
新制度 | 5,868 | 85 | 1.44% |
(表2-2)・(表2-3)ともに法務省の技能実習制度運用プロジェクトチーム調査・検討報告書の概要より作成
失踪・脱走を防ぐポイント
2017年11月の技能実習法施行と二国間取り決めによって改善へ向けた道筋がつけられましたが、これらのルールの実効性を確保するためには、送出国と送出し機関、受入側である監理団体と実習実施機関双方が、適法かつ適切な制度運営を徹底することが条件となります。以下、制度の運用面と教育・研修面から失踪を防止するポイントを整理します。
制度運用の改善へ向けて
適法な制度運営を行う上では、不正行為に関わった機関を知ることも重要です。入管管理局の資料で、受入形態別の「不正行為」を行った機関数の推移を確認することができます。実習実施機関については、ここまで再三にわたって問題点と改善事項を解説してきましたが、もうひとつの病巣である監理団体の選定について見ておきましょう。
不正行為を行なった機関数は次の通りです。実習実施機関は、自らが適法な制度運営に努めることはもとより、優良な監理団体を選定することが技能実習生受入れの成功につながるということを認識する必要があります。その参考として、監理団体選定にあたってのチェックポイントをお示しします(表3-2)。
(表3-1)受入形態別「不正行為」機関数
2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
企業単独型 | 0 | 0 | 3 | 2 | 2 | |
団体監理型 | 監理団体 | 20 | 23 | 32 | 35 | 27 |
実習実施機関 | 210 | 218 | 238 | 202 | 183 | |
計 | 230 | 241 | 273 | 239 | 213 |
(表3-2)監理団体選定のチェックポイント
項目 | チェック項目例 | ☑ |
---|---|---|
管理体制 | ・一般監理事業許可を取得しているか | |
・適正な職員の質・人数を確保しているか | ||
・送出国の母国語を話せる職員を採用しているか | ||
・監理可能地域が狭い範囲に限定されていないか | ||
面接等 | ・面接は職員が自ら行っているか | |
・送出機関による採用経路、技能実習生から徴収している手数料の金額を把握しているか | ||
講習 | ・入国前講習に関する管理を現地で行っているか(送出機関任せになっていないか) | |
・入国後講習施設を自前で構えているか | ||
・入国後講習中に、法定外の講習(衛生教育、安全教育、5S教育、健康管理教育等)を実施しているか | ||
受入支援 | ・3カ月に一度以上の監査や訪問指導、定期面談を自社内で実施しているか | |
・社労士資格を有する等専門的な能力を有する者によって技能実習生の賃金等の待遇確認を行っているか | ||
・受入企業・技能実習生に対して定期的な情報提供や勉強会等を実施しているか | ||
・受入後にも継続的な語学教育を実施することが可能か | ||
トラブル対応 | ・違法行為・不法行為の内容について正確に把握しているか | |
・監理団体内にトラブル対応マニュアルを整備し防止・対応策を把握しているか | ||
・不測事態(失踪、途中帰国、病気、ケガ、犯罪、ハラスメント、賃金トラブル等)に関する対応の経験があるか | ||
受入実績 | ・3年以上、通算300名以上程度の監理実績はあるか | |
・複数の送出機関・国からの受入れを行っているか | ||
-優良な監理団体チェックポイントのまとめ- 上記の項目別のチェックポイントをまとめると、監理団体として備えるべき性格が見えてきます。 |
監理団体を選定できれば、次は実習実施機関として、技能実習生を受け入れるための技能実習計画を作成し外国人技能実習機構による認定を受けなければなりません。この計画作成にあたり、自社が整備すべき体制や実習生に保証すべき待遇等の要件が明確になります。法令で定められた整備事項は下表のとおりであり、この要件を満たすための体制整備に着手しなければなりません。
(表4) 技能実習法・同法施行規則で求められる整備事項
整備項目 | 内容 | |
---|---|---|
実習実施者の指導体制 | 1)技能実習責任者の設置 | 実習実施者またはその常勤の役員若しくは職員であって、技能実習指導員、生活指導員等を監督し、技能実習の進捗状況全般を統括管理する者。過去3年以内に技能実習責任者講習を修了していることが要件となります。 |
2)技能実習指導員の設置 | 実習実施者またはその常勤の役員もしくは職員であって、修得等をさせようとする技能等について5年以上の経験を有する技能実習事業場に従事する者が指導員となり、技能実習の指導を行わなければなりません。 | |
3)生活指導員の設置 | 実習実施者またはその常勤の役員若しくは職員であって、技能実習を行う事業上に従事する者が技能実習生の生活の指導を行わなければなりません。 | |
実習生の待遇 | 1)日本人と同等額以上の報酬 | 技能実習生の報酬額は、日本人が従事する場合の報酬額と同等以上でなければなりません。 |
2)適切な宿泊施設の確保 | 実習実施者はまたは監理団体は、技能実習生のために適切な宿泊施設を確保する必要があります(寝室は一人4.5㎡以上)。 | |
3)監理費の負担 | 監理団体から徴収される監理費を直接または間接に実習生に負担させることは禁止されています。 | |
4)費用負担の適正額 | 食費、居住費等技能実習生が定期的に負担する費用について、食事、宿泊施設等を十分に技能実習生に理解させたうえで合意し、その費用が適正でなければなりません。 | |
5)帰国旅費 | 帰国旅費は、企業単独型実習実施者または監理団体が負担することになります。また、第2号技能実習を行っている間に第3号技能実習の技能実習計画の認定申請を行った場合には、第3号技能実習開始時の日本への渡航費用についても第3号技能実習を行わせる企業単独型実習実施者または監理団体が負担することになります。 | |
6)労働保険の適用 | 労災保険、雇用保険の加入義務があります。 | |
7)社会保険・厚生年金等の適用 | ・原則健康保険加入で、適用事業所でない事業所においては国民健康保険に強制加入となります。 ・厚生年金保険の適用事業所では厚生年金に強制加入、適用事業所でない事業所においては国民年金の被保険者となります。 |
|
8)労働契約上の注意 | 実習実施者は、雇用者として労働基準法や労働安全衛生法及び労働組合法に適合した待遇を保証しなければなりません。 |
このように、技能実習生の受入れを希望する企業にとっては、(表4)の「実習生の待遇」にあるとおり、日本人と同等額以上の報酬など、旧制度と比較して大幅なコスト増に直面することになります。さらに、「働き方改革」による労働時間の削減圧力も加わるため、経営にかかる十分なシミュレーションを行わずに安易に技能実習生を受け入れると、確実に経営体力を奪われることになります。
一定のコスト増を織り込みながら技能実習生を受け入れるには、自社の経営のあり方や中長期事業計画の見直しなど、抜本的な変革が求められることになります。給与体系、キャリアパスなど従来の人事労務体系を見直すとともに、技能実習生を戦力化するための職場環境の整備を進め、イノベーションとの組み合わせによって生産性を向上させることが求められるのです。
職種のミスマッチ防止
実習実施機関としての体制整備のほか、技能実習制度自体が抱える問題点にも注目しなければなりません。制度上、技能実習生は原則として職場を変わることができません。技能実習制度の趣旨が「高度な技術の移転を目的とした人材育成」にあるため、特定の拠点で確実に技術を学ぶことが前提となっているためです。
このため、実習実施機関が、前述のような「最低賃金違反」、「契約賃金違反」、「残業代不払い」、「人権侵害」等の不法行為を行なっていたとしても、実習生は職場を変えることができず、実習期間の3年間を劣悪な環境下で我慢しなければならないという状況に置かれ、失踪問題につながっていたのです。
実習実施機関たる受入企業は、制度上の問題とは言え、技能実習生の転職の自由を奪っているという事実を重く受け止めなければなりません。適法な制度運営のもと、実習実施機関におけるキャリアパスにも組み込むことができれば、受け入れた外国人技能実習生が実際に高度な技能を修得して出身国でのキャリアのベースを築くとともに、企業にとっても優良な労働力の確保が可能となり、双方にとって利点が生まれることで、結果として失踪の抑止効果が期待できるのです。
二つ目の問題は、「技能実習生には企業を選択する自由がない」ということです。技能実習を希望する外国人は、自国の送出し機関に登録し、送出し機関から面接の連絡があるとこれに参加し、合格すれば日本語を学習して訪日という一連の流れがあるわけですが、この際、ほとんどの技能実習生は、日本へ出稼ぎに出ることを主要な目的としているため、自分を受け入れてくれる企業や事業、習得しようとする技能についての情報収集を行っていないのが実情です。
これが、のちの雇用(職種)のミスマッチを生む大きな要因となっており、関係機関の不法行為を引き金に失踪を誘引することにつながっているのです。ここで、重要な役割を担うべきなのが送出国の「送出し機関」です。送出し機関は、すでに実習に参加している実習生を通じて容易に受入企業についての情報を把握することができます。
この情報を整理して技能実習生に提供するとともに、十分なコミュニケーション機会を確保することでこのミスマッチを予防することが可能となります。この雇用のミスマッチ予防は、失踪の抑止にもつながりますので、「送出し機関」、「監理団体」、「受入れ企業」の3者がそれぞれの立場で技能実習生との適時的確なコミュニケーションをとることで、より有益な技能実習制度とすることができるのです。
「特定技能」への移行を視野に入れる
2019年4月1日に施行された改正入管難民法では、「特定技能」という在留資格が創設されました。特定技能1号の資格取得には、日本語と技能の試験に合格しなければなりませんが、3年以上の経験を持つ技能実習生は無試験で移行できるという制度上の大きな利点があるのです。
言葉や文化の違いという壁の存在が技能実習生失踪要因の一つとして指摘されています。技能実習制度を適法かつ適切に運用するとともに、技能実習生から在留資格「特定技能1号」への移行を念頭に置いた人材育成と考えれば、日本語能力を高い水準で向上させることができ、技能実習生と受入企業の双方に将来の光明を見出すことができます。
(表5)技能実習と特定技能の制度比較
項目 | 技能実習制度(団体監理型) | 特定技能1号 |
---|---|---|
関係法令 | 通称:技能実習法 | 出入国管理及び難民認定法 |
在留資格 | 在留資格「技能実習」 | 在留資格「特定技能」 |
在留期間 | 技能実習1号:1年以内 〃 2号:2年以内 〃 3号:2年以内(合計で最長5年) |
通算5年 |
外国人の技能水準 | なし | 相当程度の知識または経験が必要 |
入国時の試験 | 介護職種のみ入国時N4レベルの日本語能力が必要 | 技能水準、日本語能力水準を試験等で確認(技能実習2号を良好に修了した者は試験等を免除) |
送出機関 | 外国政府の推薦または認定を受けた機関 | なし |
監理団体 | あり(主務大臣の認可を受けた非営利の事業協同組合等が実習実施者への監査その他の監理事業を行う。) | なし |
支援機関 | なし | あり(個人または団体が受入機関からの委託を受けて特定技能外国人に住居の確保その他の支援を行う。出入国在留管理庁による登録制) |
外国人と受入機関のマッチング | 通常は、監理団体と送出機関を通して行われる | 受入機関が直接海外で採用活動を行い、または、国内外のあっせん機関等を通じて採用することが可能 |
受入機関の人数枠 | 常勤職員の総数に応じた人数枠あり | 人数枠なし(介護分野、建設分野を除く) |
活動内容 | 1号:技能実習計画に基づいて、講習を受け、且つ技能等にかかる業務に従事する活動 2号:技能実習計画に基づいて技能等を擁する業務に従事する活動 3号:〃 |
相当程度の知識または経験を必要とする技能を要する業務に従事する活動(専門的・技術的分野) |
転籍・転職 | 原則として不可。ただし、実習実施者の倒産等止むを得ない場合や、2号から3号へのウ工事は転籍が可能 | 同一の業務区分内または試験によりその技能水準の共通性が確認されている業務区分間において転職が可能 |
移行できる職種は限られていますが、技能実習生が特定技能1号に移行することができれば、通算で10年間の在留が可能となり、技能実習生にとっては日本でのキャリア形成と一定水準の収入が確保でき、受入企業にとっては戦力としての人材確保につながるという双方にとっての利点が生まれます。技能実習生が、中長期にわたる自らの安定した立場を想定することができれば、「失踪・脱走⇒不法就労」の抑止効果が期待できます。
まとめ
失踪問題については改善途上ですが、失踪を予防するだけではなく、制度の趣旨を尊重しながらも、労働力を確保したい企業の本音の部分も満たすことも必要です。そのためには、「特定技能」への移行を前提とした技能実習生の受入れという仕組み作りも必要となってくるでしょう。